2011年4月14日木曜日

3月11日 震災直後その1



今、振り返るとあっという間の一ヶ月でした。

ブログを書くことに、色々とためらいもあります。
我が家は家もあるし、皆元気ですから。

けれど、覚えているうちに書き留めておくことは
私にとっても子供達にとっても後々必要かなと思い
震災直後の一週間ほどを思い出そうと思います。

ご存知の通りこんな私ですから、できるだけ軽く淡々と。




3月11日  2時46分頃

この日、私は珍しく音楽もラジオもかけず
ただぼっーと一人で新聞を読んでいました。
ですから緊急地震速報を聞いていません。

カタカタと小さな音がし出した時、
あっ、地震だと思い椅子から立ち上がりました。

そこに神戸の母から電話。
電話の子機をもって、私は悠長にも食器棚を押さえに。

「今から大きな地震がいくらしいから、気ぃつけよ!」
「うん、カタカタもう始まってるよ。」


途端ぐらぐらと立っていられない程の揺れ。
あちこちからガッシャンガッシャンと凄まじい音。

電話の向こうにその音が聞こえているのか
「気ぃつけよ!」と母はひたすら繰り返します。

何を母に言ったのか、私は覚えていません。
これが後々親不孝の元になるとは・・・。


私の目の前には、北欧の黄色いガラス製の直径30cm程の
丸い照明がワイヤー一本でぶら下がっていました。
ダイニングテーブルの上に低めに取り付けられています。

それが180℃、半円を描くように右に左に大きく揺れます。
このワイヤーが切れて、私の頭に向かってきたら・・・


二時間サスペンスの冒頭部分で、頭から血を流して
横たわる無名女優の姿がなぜか浮かびました。
こんな時でもやっぱり私は関西人。

片手で照明を時々押さえつつ、食器棚も押さえつつ・・・


今思うとバカですね。


食器棚もテレビもリビングの棚も大きな家具は
耐震性の突っ張り棒や止め具でがっちり壁に止めてあります。

食器は割れてもその気になったら後でいくらでも買えます。
でも押さえにいっちゃうんです、主婦ですから。


後に母から聞いたところによると、
「キャー」という私の叫び声とともに電話が切れたそうです。

私の住む地域は、電気が通るまで
固定も携帯も公衆電話すら使えませんでした。

私の叫び声を聞いてしまったばかりに母はその後
眠れぬ日々を過ごすことになったのです。
一生分の親不孝をしてしまいました。
ごめんなさい。



本当に長い長い揺れでした。


最後には
「お願いですからもう止めてください」
と声に出して何度も何度も懇願していました。

ついに大きな揺れが止まりました。
大きく深呼吸をして、自分に渇!を入れ
まず水を溜めにお風呂場へ直行。

地震がきたらお風呂場に水を溜めるよう
子どもの頃から母に口すっぱく言われていたので
直ぐに体が動きました。

踵を返して、台所で飲み水を確保。
いつも浄水器で作ったアルカリ水をやかん二つには
常備してあります。
が、
絶対断水になると思ったので、
鍋にも水をどんどん溜めていきました。

けれど直ぐに土色の水に変わってしまい
飲み水はもう溜めることができません。

浴槽の水もすでにまっ茶。
しかしこれは気にせず、溢れる寸前まで溜めて蓋をしました。

水を溜め終わって一息ついた時に
急に涙と笑いがこみ上げてきました。
今まで無我夢中で全く気がつかなかったのですが
まるで100メートルダッシュをした時のように
ハァハァ息が上がっているのです。

ふと気がつくと、台所の床に飛び散っていた細々とした物が
全てカウンターの上に乗せられていました。

誰が片付けたの?
そう、答えは私。

短い時間の間に色々していたようです。
記憶にはありませんが・・・。


この間も大きな余震が時々あり、念仏のように
「お願いですからもういいです」
と繰り返しました。


さて、地元中に通う中学生の息子を迎えに行かなくては。

ご近所の同級生のママと一緒に行こうと思い
ダウンを着て靴を履き、ふと・・・
家事室に戻りマイバックに財布を入れました。



5 件のコメント:

  1. 月草さん

    本当にお辛いお気持ちをお聞かせ頂いて申し訳ありません。

    あの揺れを感じた時、私は様子をみながら愛犬を抱いて庭に
    出ました。すると車が上下にジャンプしてたんです。
    東京に直下型がきたのかと。長い揺れにこちらでさえ、早く
    収まってと思いました。

    部屋に戻りテレビをつけた時、東北での地震だと知りまし
    た。そして・・・

    この状況下でヨーグルトポムポムを作られている月草さんの
    心意気に感動しました。お子さんにとってはどれだけ力に
    なったかしれませんよね。

    間接的ではあるけど東北の皆さんの応援をしています。

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  2. ぴいちゃん+さんへ
    関東地方も相当揺れ、怖い思いもなさったのに、
    いつも私を東北を応援してくださって
    本当にありがとうございます! 

    揺れている途中で停電になり、暫く電気のない生活を
    していました。〔ラジオはずっとかけていましたが〕
    数日後新聞を見たとき、その後電気が通り
    津波の映像を見たときの衝撃は言葉になりません。

    子供達にとっては、リアルタイムで映像を見ずに
    暫く足元の生活にだけ集中できたことは、
    不幸中の幸いだったかも と今は思えます。

    私も東北の物を買って、いつもの献立を作り食べる
    ことが復興に繋がると信じています。

    これからも東北をよろしくお願い致します!

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  3. こうやって、仙台での経験を書いてくれてありがとう。
    貴重な記録だと思います。
    お母さんが本当にお気の毒。涙
    そして、照明が月草さんの頭にぶつからなくて良かった。笑

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  4. 月草さん、本当、お辛い思いなのに、書いてくださり、ありがとう。
    月草さんの直後の行動、素晴らしいです。
    私は、とても怖くて、壁にしがみつくだけで、何もできませんでした...
    お陰で、食器が落ちて、かなり割れちゃいました...
    しかも、夜勤の主人に、その後、どういう事になるか、全く、察する事もできず、行かせてしまい、翌日の朝は帰宅出来ませんでした...
    まだまだ、不便な事も多買いと思いますが、頑張ってください。
    励ます事しかできませんが、応援しております。

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  5. かおりさん、まひまひゆかりんさんへ
    ありがとうございます。

    先日の余震で家の気になる点がいろいろと出てきて
    忙しくしております。

    文才がないうえに、pcに向かう時間もあまりなく
    だらだらと書き連ねるだけになると思いますが
    お時間のある時にでも読んでいただけたら嬉しいです。
    一つぐらいお役に立つことがあればいいのですが・・・。

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